How deep is your love

今回は帰国子女について

まずは簡単に自分の履歴を書いてみると
アメリカ生まれ 
7歳で日本にやってくる(Vacationで来たと思ったのに・・・)
15歳でアメリカへ
19歳で日本に再び登場(大学受験のため)

行ったり来たりの人生・日本語も適当で英語も適当でどちらの文化も知ってるけれど、どちらにも属さない 居場所がない帰国子女w そんなもんです。 
だからこそ、友人には「自分の出来る何か」を見つけて「自分の居場所」を作る人が多いように思います。

私も、もちろん「自分の居場所」探しは昔からしていました。どこにも属していない実感が子供の頃からあり、例えばみんなが笑っている事を何で笑っているか分からなかったり、発言をすると友達を泣かしてしまい、どうして泣いているのか分からなかったり、自分が何か間違った事をしてしまっているんだろうけれど、それが何かわからず家族に聞いて教えてもらっても理解が出来なかったりして、それが悲しいような寂しいような「なぜ私だけstrangeなんだろ?」と思う事が多かったです。

自分の存在意義が欲しかったのだと思います。これは日本に来たばかりの頃の事ですが学校の映画鑑賞で「黒い雨」を見まして(小学校1年生にはなかなか重い) 戦争って何?な能天気な日本語がわからない少女が突然「黒い雨」を見まして、原爆投下のシーンでは火の中を足を失った父親を一生懸命引っ張って逃げる少年の映像で大号泣しました。見ていられず下を向いていると当時の担任が「あなたのいた国がやった事なんだからちゃんと見なさい」と怒られ頭を上に向かせられたのを覚えています。

トラウマです。

私が何か悪い事をしてしまったんだと思って、英語を話すアメリカに住んだことのある私は罪なんだと思いました。戦争映画は大嫌いだし、罪悪感しかないです。(のちに日本がアジアの国々を植民地化した話を知り「何だよ・・・」と思いましたが) 

何か話しても泣かれたり怒られたり笑われたりもするので生きるのが辛かった時期もありましたが小学6年生の時にお芝居・特にミュージカルが大好きになります。歌ったり踊ったりして最高!と思いましたし台本があるなら自分の言った言葉に相手が次に何をいうか分かるから安心!なんて思いました。現実世界では相手が何を言うか想像できなかったので「台本」があるのでとても嬉しかったんです。 歌うと喜んでくれる人や褒めてくれる人がいたのでとても嬉しかった。 

自分の居場所を見つけた。

そして、今では英語ミュージカルクラスを担当して脚本・演出・音楽も担当しています。幸せもんです。

帰国子女といえば強いイメージや憧れたり、反対に異質なものと感じる人もいるかと思います。私にとって帰国子女は「居場所がなかなか定まらない放浪者」だから自分の生きがいを探してちょっと面白い事をしている人が多いのだと思います。


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